ヒロ田的病気年表①

ヒロ田的病気年表①

今日は、今までの病気年表的なものを

書いてみたいと思う。

年月に関してはあいまいなところも

あり、正確じゃないこともあるので

予めご容赦願いたい。

◆2001年9月頃

お尻(肛門)が痛くなる。

場所が場所だけに肛門科を受診。

肛門周囲膿瘍との診断で、膿が溜まって

痛みが出てるとのことで局所麻酔をして切開。

切開後、痔ろうとなる。

◆2002年4月頃

再びお尻(肛門)に痛み。

2回目なので、また肛門周囲膿瘍に

なったと自分でもわかった。

1回目とは別の場所のようだったので

痛みが強くなる前に切開してもらおうと

思ったが、まだ奥で溜まっているので

局所麻酔じゃ切開できないとのこと。

そのため、薬をもらって終わり。

ただ、この時は普通の痔ろうじゃないということで

クローン病の疑いがかかる。

◆2002年5月中旬

肛門科の医師に紹介された消化器内科を受診。

大腸検査の必要があるとのことで、検査の

予約をして自宅へ。

◆2002年5月下旬

消化器内科で初の大腸カメラ。

クローン病と診断され、この日から絶食。

初めてエレンタールという飲み物で

生活することになるのだが、これが

不味くて飲めない。

どんどん衰弱する。

62kgあった体重は47kgへ。

◆2002年6月10日

検査、診断してくれた消化器内科で

二週間入院。

最初の一週間は絶食で点滴のみ。

この一週間の間に、CT,注腸バリウム、

胃カメラの検査をして潰瘍性大腸炎ではないか?

クローン病でも小腸大腸型か?大腸型か?などを

特定するために検査をやって、クローン病の大腸型と

正式な診断がされた。

後半の一週間で鼻からチューブを入れ、

そのチューブからエレンタールを

機械で流す。

それが自分で出来ないと退院できない。

退院してからは自宅でやっていかなければ

いけないからだ。

◆2002年6月24日

無事退院することができた。

毎日飲む薬と、これから自分のご飯となる

エレンタールを持っての退院となった。

このあと絶食は3年間続く。

◆2002年7月~2004年6月頃まで

真面目に絶食を続けた。

この間に食べたのは飴、ガムくらい。

あっ、おしゃぶり昆布とおしゃぶり梅昆布は

絶食後半に、しゃぶって食べずに捨てる。

ということをやったこともあった。

飴とかばかりだと、塩気が欲しくなるので

おしゃぶり昆布は重宝した。

この期間は、毎月1回定期受診。

絶食を続けていたので、徐々にCRP

(炎症反応)が下がり始めてきた。

下がったと言っても2.00あたり。

(正常値は0.03以下)

入院してから約2年後のこの時、

医師が、徐々に食事をしていこう。

と言ってきた。

◆2004年6月頃から

約2年ぶりくらいに、お粥と具なしの

味噌汁を食べた。

久々の米がジャリジャリと

口の中で砂を噛んでいるような感じだった。

味噌汁お椀半分、お粥お茶碗3分の1で

お腹がいっぱいになった。

◆2005年2月頃

予防のためにとインフルエンザの

予防接種を受けた2日後に

インフルエンザ発症。

それを機に、再び調子が悪くなる。

痔ろう復活。

一度、切開ではなく手術をして

少し綺麗にしたほうが良いとのことで

肛門科に2泊3日で入院。

シートン法という痔ろうの手術を受ける。

◆2005年3月頃

レミケードを勧められ、

最初は1泊2日の入院で初のレミケード。

入院したときは、ご飯も食べれていたので

病院食をいただいた。

レミケードは凄かった。

やり始めてしばらくしてから、

痔ろうの膿が止まっていくのが分かった。

実際、下着につかないように

パッドをつけていたのだが、

それが不要になるくらいになってきた。

長くなりすぎてきたので、

また明日続きを書きたい。

ではまた。

ヒロ田

スポンサーリンク
ヒロ田レクタングル(大)

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク
ヒロ田レクタングル(大)