第55話 退院日~頭の中は不安と食べること

第55話 退院日~頭の中は不安と食べ物のことばかり

退院まで、あと2日となった。

退院も近くなると暇になってくるものだ。

まず看護師さんの出入りが少なくなる。

ボクは1人部屋だから、他の患者さんの様子

を見に看護師さんが出入りする…ということ

も無い。

朝の検温や血圧、採血がある日は採血が

そこにプラスされ、後は医師の回診で一緒に

来たり、夕方に朝と同じ検温や血圧に1回来る

くらいで、それ以外はほとんど来ない。

本当に暇なものだ。

院内を歩くことだけは続けている。

癒着が気になるので歩くことは欠かさない。

歩き始めた頃、ナースステーション前を通る

時、「ヒロ田さん、若いのに老人みたいだよ。

背筋伸ばして歩かないと!」と言われていた

姿勢も、最敬礼のスタイルから会釈スタイル

まで進歩した。

真っ直ぐ伸ばすのはまだ痛かったが…。

入院前に持ってきた5冊の本も、そろそろ

読もうかと広げてみるも、集中力がなく、

三行読めば飽きてしまう。

仕事でもしようかとパソコンを開いてみた

ものの、当時の入院期間中は、携帯電話で

ネット通信をしていたので、とても遅く、

添付付きのメールなんかきていると、受信

するのに時間がかかり、イライラすることが

多く、本当に必要なとき以外はパソコンを

開かなくなった。

院内を歩いているか、テレビを見ながら

ボーッとしている時間が続く。

『オレの頭の中は食べ物のことしか出てこ

ないぞ…』

テレビを見ながらフト出てきた言葉だ。

そうだ、頭の中が食べ物のことでいっぱい

だったために、本を読むこともパソコンを

開くこともできなくなっていたのだ。

本を読んでもパソコンを開いても、『退院

したら何を食べようか?』『本当に食べて

いいんだろうな?』そんなことで頭がいっぱ

いだから、他のことに集中できなくなって

いたのである。

振り返ってみれば、手術後は特に食べ物の

ことで頭がいっぱいになっていたように思う。

12月28日の朝を迎えた。

とうとう退院する日がやってきた。

退院する時間は夕方だ。

と言っても本当はもっと早くできるのだが、

迎えに来てもらえる時間が夕方だったため

その時間まで病室で過ごすことになった。

公共交通機関での移動も考えたが、力も入ら

ず、荷物を持つのも辛いし、背筋もピンと

伸ばせない状態ではさすがに厳しい。

そのため病院には前もって夕方の退院になる

ことを伝えておいた。

退院日の朝は何もない。

採血も無ければ検温、血圧測定もない。

ただただ入院の請求書を待ち、退院できる

時間が来るのを待つだけだ。

この時間が何とも言えない。

何だか追い出されてるようで、ちょっぴり

淋しい気持ちと、やっと退院できるという

嬉しい気持ち、そして入院期間中の短い期間

だったけれど、お世話になった病室の片付け

が、少し面倒だなーという気持ちが入り交じ

っていた。

数週間入院すると、病室も自分の部屋のよう

になっていく。

ココには何を置いて、ココには何…、ココに

は…と自分の使いやすい部屋のようになって

いくものだ。

それを片付けるのは感覚的に小さな引っ越し

をするようなもので、何となく面倒な気持ち

が強く、片付けに取り掛かれない自分がいた。

そこで、ボクは迎えに来る予定時間の2時間

前までは、今まで通り過ごそうと決めた。

毎日やっていたように院内を歩く。

いつものようにお茶の時間になったら、

ほうじ茶をカップに入れてきてテレビを

見ながら飲む。

余談になるが、絶食中のほうじ茶は美味しい。

温かい飲み物は空腹を満たしてくれる感じが

して、自分にとっては最高の飲み物だった。

そんなことをやっていると、そろそろ片付け

を始めなければいけない時間がきた。

迎えに来る時間は16時~17時の間。

時計は14時を過ぎている。

そろそろ帰りの準備をしなければ…。

退院できるのは正直嬉しい。

だが、ボクの頭の中は次のようなことで

いっぱいだった。

『今日からお粥でも食べてみたい。

だけどエレンタールを3日やっただけで

いきなりお粥食べても大丈夫か?』

『年末年始、食べて万が一あったらどうす

る?病院はやってるか?』

『万が一、腸が癒着したらどれくらい痛いの

だろう?その時は救急車を呼ぶのか?』

『外科医が食事のことは主治医の先生と相談

して決めてくださいと言っている以上、食べ

物のことを聞くこともできないし…』

『主治医と会うのは三週間後だし…』

他にもそういった類いのことを考えた。

年末年始で病院が休みになることもあり、次

から次へと不安になることが浮かんでくる。

しかし、ボクは片付けをしながら迎えが来る

前までに決断した。

『安全食と言われるものは食べてみよう』

『そしてお腹いっぱい食べるのは止めよう』

『具合が悪くなったら食べるのを止めて

エレンタールだけにしよう』

『痛くなったりして我慢できなくなったら

救急車を呼ぶしかない』

『主治医には、相談する前に食べたことを

会った時に報告しよう』

『何で手術を決断したか?と言えば【手術

したら食べれるようになる】ということも

決断した理由の1つなのだから、食を楽しも

う』

そう考えたのだ。

ボクは、もともと後悔しやすい男だ。

今は後悔することが少なくなった。

なぜ変わったのか?

おそらく迷ったら原点に戻るということを

意識的にするようになったからだと思う。

今回の原点は、【手術すると食べれるように

なる】というのが原点だ。

手術を決断したのは、まさに『食べれるよう

になる』からであって、もし食べれなくて

いいのなら、手術をせずに高カロリーの点滴

だけで生活するということも選択できたはず

だ。

だけどボクは手術を選んだ。

それは、食欲という欲求に負けたとも言える

かもしれないが、『食べる』という行為を

したかったのが正直なところ。

ボクは退院するまでの残り2時間で、病室を

片付けながらそう決めたのである。

ーつづくー

ヒロ田

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