レミケード(インフリキシマブ)

レミケード(インフリキシマブ)

2002年6月10日から二週間、

入院して検査及びエレンタール

(栄養療法)を経鼻(鼻チュー)で

やっていくためのトレーニングをした。

その後、3年はエレンタールのみの生活。

そして採血結果が良くなってきたことから

そろそろ食事を開始していこうとなった。

だが、やはり食べていくと

クローン病が暴れだしてくる。

ボクの場合は、腹痛などはない。

痔ろうになっているお尻から

膿が出てきたり、痔ろうになっていない

ところに溜まった場合は、肛門周囲膿瘍に

なり、切開して膿を出すことになる。

そうなってくると採血結果も悪くなり、

何か他の治療をしなければ…と

なってくる。

そこで登場したのが『レミケード』。

インフリキシマブというのが一般名

らしい。

ボクも、その治療を受けないか?と

提案され、良くなるのであればと

即OKした。

最初は、何かあった時(副作用の

特にアナフィラキシーショック)の

ために、1泊入院してやってほしい

とのことだった。

この時がクローン病になって

2回目の入院だった。

1回目の時とは違い、今回の入院は

食事つきだ。

お尻(肛門付近)に膿が若干溜まり気味で

しかも、切開して穴の開いてる箇所からは

膿が少しずつ出ている状態だった。

午前中に入院して、スタートしたのは

13時くらいだったと記憶している。

通常3時間くらいで点滴を落とすのだが

最初なので5~6時間かけて落とす

とのことだった。

何事も無く無事終わった。

一番びっくりしたのは、レミケード開始後

3時間後くらいに、みるみる痔ろうが

良くなっていった。

痔ろうになっているところが、何となく

薬が効いていってる感覚があった。

実際、膿が出なくなっていったのだ。

『これはいいぞ!』

心の中でそう思った。

2回目の投与は2週間後だ。

この時も同じように入院して行った。

3回目は6週間後。

同じように入院して。。。

レミケードをやった後は

ボクの場合、次のレミケードまで

痔ろうからの膿が止まっていた。

しかし、良くなってくるから

余計、調子にのってご飯を食べる。

『何を食べても大丈夫だ!』

そんな強気なボクがいた。

『悪くなってきてもレミケード

がある。それでまた良くなる。

レミケードがある限り、

絶食することも無く、苦しむことも

なく、普通に生活できるぞ!!』

そう思っていた自分がいる。

そこから先は見事に不良患者となった。

4回目は8週間後。

医師から、

「もう入院しなくても大丈夫。

診察に合わせて来てもらって

外来で点滴してって。」

点滴は3時間くらいで落とす。

点滴の前に採血をやってから

レミケード。

終わり次第、医師の診察。

だいたいそんな流れだった。

投与は8週間に1回やっていくのだが、

最初の1年くらいは投与後7週間目くらいから

痔ろうが悪化し始めてきた感じだったが、

続けていくうちに徐々に効きが悪くなってきた。

初めてレミケードを投与した日から

2年くらい経ったある日。

いつもと同じように外来でレミケードを

受けていた。

1時間くらい経っていたと思うが、

急に便意がきた。

『あれ、何で急に?いつもならないのに…』

若干、腹痛もあった。

しかし、便意があったのに出るわけではない。

そのうち、顔が火照って、

なぜか心臓も苦しくなってきた。

『あれ、、、なんかおかしいぞ…』

ボクはトイレの個室から出て

洗面所で手を洗うのと同時に

鏡を見てみた。

『あれ、、、顔が赤くて腫れぼったいぞ…』

『なんか胸も苦しい。。。』

ボクは異変を感じていたが、

平静さを保ちながら外来のベッドの

ある処置室へと入っていった。

「ヒロ田さん、あれ、大丈夫ですか?」

と看護師さんが声をかけてきた。

「いや、なんか大丈夫な感じじゃないね」

「顔が火照ってるし心臓がバクバクする」

とボクが言う。

「ちょっとベットに横になっていてください。

いま先生呼んできます」

数分後、外来でほかの患者さんを

診察しているはずのボクの主治医が

ベットに飛んできた。

「あら、アナフィラキシーショックだね」

「生理食塩水持ってきて…」

とか、主治医が看護師さんにいろいろ

指示を出している。

3人も4人も看護師さんが

医師からの指示を受けて動いている。

だんだん苦しくなってきた。。。

そう思っていた時、生理食塩水の

点滴が始まった。

今まで見たことないくらいの

スピードで点滴を落としている。

あとは何をどう処置されたかは

覚えていない。

ただ、その処置後、数分経って

落ち着いてきた。

「ヒロ田さん、もう外来でレミケード

できないわ~。レミケードじたい

できないかも。。。

まず2時間くらいこのまま様子見て」

そう言って医師は診察室へ戻っていった。

『レミケードができないとどうなる?』

『悪化するばかりか…?』

2時間休んでいる間、そんなことばかりを

考えていた。

結局、このあと2ヶ月くらい期間を空けて

1泊入院してレミケードを受けることになった。

しかも、今まで以上に時間をかけて…。

レミケードを再開して、

1年経つか経たないか…のある日、

ボクは、痔ろうの悪化もしてきてはいたが、

初めてクローン病での腹痛を味わった。

絶食してエレンタールにしていても

そのエレンタールが通過しているだけで

お腹が痛くなった。

大腸カメラをした結果、爪楊枝くらいの

細さの狭窄が2箇所見つかった。

主治医の話だと、ヒロ田さんには

レミケードが効きすぎたのではないかな?

それで狭窄になってしまったのでは

ないだろうか…。

とのことだった。

2006年12月14日。

ボクは大腸バイパス術という

手術を受けた。

それ以来、ボクはレミケードとの

ご縁は無い。

もし今後レミケード治療を

考えている方は、

アナフィラキシーショック、

あと、効きすぎによる狭窄に

注意しながら行っていただきたい。

そう個人的には思う。

ではまた。

ヒロ田

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